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2012.5.19 ERICトーク&スライドショー@ブックカフェ関帝堂 (横浜中華街)
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こんにちはー。写真家のERICです。
今日は来ていただいてありがとうございます。
こういう場所でトークショーをやるのは初めてなので、ちょっと緊張気味です。
あと、最近インドから帰ってきたばかりで、
日本語がちょっとヘタになってて、聞き取りづらいかも。笑
でも楽しくやりたいと思いますので、よろしくお願いいたします。
《会場/拍手》
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写真を始めたきっかけ
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僕は1976年に香港で生まれました。
来日してから今年で15年になります。
日本に来た理由は、写真とはまったく関係ありません。
17歳のときに付き合っていた日本人の彼女から、
「将来の夢は?」と聞かれたとき、うまく答えられずにいたら、
「日本に行ってみては?」と提案してくれたのがきっかけで、日本に興味を持ち始めました。
その頃はちょうど香港が中国に返還される前。
当時の僕は反抗期が長く続いていて、20歳になる前にどうにか親のところから離れたかった。
親との不仲と、返還されるのが嫌だったから、
19歳のときに就学ビザをとって来日し、2年間日本語を勉強しました。
はじめは2年勉強したら、香港に戻って旅行ガイドをやろうと考えていました。
でも日本語がなかなかうまく話せず、これではガイドは無理だと思ったのと、
中国に返還後は、日本人の観光客が減ったらしく、
香港に戻っても仕事がないと言われたので、そのまま日本にいることにしました。
日本にいるためにはビザが必要です。
ビザには、就学ビザ/留学ビザ/就労ビザと、3つのビザがあるのですが、
就学ビザの次に僕が申請できるのは、留学ビザのみ。
その頃は写真屋さんでアルバイトをしつつ、居候をしていたので、
写真の専門学校に行こうと決めました。
学校に入るにはたくさんのお金が必要ですが、
なんとか工面して入学し、写真の歴史や基本的な技術を2年間勉強しました。
写真がやりたくて日本に来たわけではなく、なぜか写真に興味を持つようになって...
はまりすぎて抜けられなくなり、今に至ります。
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写真家「ERIC」の裏側
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これまでいろんな作品を撮ってきましたが、
はじめの頃は、中国に対する気持ちがまったく入らなかった。
元々、僕の両親は広東省に住んでいました。
広東省は、香港と違って大陸にあります。
大陸というのはすごく貧しくて、
一ヶ月かけて稼いだお金が、香港では1日で稼げるという噂があるほどです。
なので両親は22、3歳のとき...1972年2月に香港に密入国しました。
母がふと思い立って父を誘い、一週間かけて歩いて行ったそうですが、
密入国できる人はなかなかいないようです。
香港へは列車と船で行くルートもありますが、
列車だと深圳(しんせん)という街に着く前に、外に飛び降りなきゃいけないらしくて...
《会場/えぇ~っ!?》
それは危険だからやめなさいと、母の兄が止めました。
船はいつ着くかわからないし、船酔いもあるからこれも却下。
だからいくつもの山を越えて行くルートを選んだみたいです。
当時は山道などありません。
初日に父は手にけがをして、2日目には戻りたいと言い出しましたが、
でも母は戻りたくないから、無理やり父を香港まで連れて行ったそう。
そうして僕は香港で生まれました。
本当は中国で生まれるはずだったけど、香港という都会で生まれたプライドから、
中国に対してそんなに興味がわかなかった。
上から目線で、汚い国なんか行きたくない、とも思っていましたね。
でも両親の親戚がみんな大陸にいるので、
子供の頃は、兄弟4人でよく親戚のところに遊びにいきました。
日本に来る前、反抗期だった僕は、しょっちゅう父とけんかをしていて、
「なぜ日本に行くんだ?」と聞かれましたが、うまく答えられなかった。
何があるかわからない...。
見えてくるものはないけど、とりあえず日本に行きたい。ただそれだけでした。
そのときに父が、「今行くなら日本ではなく、北京だよ」と言ったのをすごく覚えています。
当時はわからなかったけど、今ならその理由がわかる。
中国語のほうがさまざまな場所で使えるし、
中国は1番人口多く、力もあって経済もすごい伸びているから、
北京で商売するのが1番良いと思い、そう言ったのでしょう。
日本に来て、働いて学費を稼ぎながら写真の学校に通い、15年経って今に至る...。
これが写真家「ERIC」の、裏の部分のエピソードです。
ここからは写真を見せながら話したいと思います。
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「every where」
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来日して、日本がアジアの中でもすごく発展している国だと実感し、
その日本にどうして自分が来たのか?という気持ちで写真を撮り始めました。
それをまとめたのが、一冊目に出した『every where』という写真集。
まだ中国に対してあまり興味がなかった頃です。
自分のウリは「色」だと思っています。
僕は写真を撮るときに、ある特別な手法で...ストロボを使って撮るのが好きなんです。
鮮やかな色に仕上がるような手法を探っていたら、
日中でもストロボをたくことで、よりリアルで立体感が出る写真になることがわかりました。
そのために昼間の10~14時の間しか撮らないと決めています。
今日撮ったものでも、明日でも、来月撮るものでも、いつでも同じ見え方にしたい...。
そのことに、すごくこだわりを持っています。
暗い部分でも、光が当たると色が存在することがわかりますよね?
それから「色」といっても、たとえば「赤」でも、いろんな赤があります。
この写真には、そういう色の違いがはっきりとわかりやすく出ています。
『every where』というタイトルにしたのは、
「どこに行っても同じような写真が撮れる」という自信からです。
世の中っておもしろいことであふれている...と、
国によって異なる文化に目を向け、3年くらいかけて制作した作品です。
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「cold snap」
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日本の冬って、グレーや黒のスーツを来ている人が多くて、街全体がすごく暗い。
もっと鮮やかな場所はないのかな?と思っていたら、
写真屋でお客さまのプリントをやっているとき、スキー場の写真をたまたま見たんです。
それで冬でも鮮やかなところがあるのがわかって、それからスキー場に3年間通いました。
香港では雪が一度も降ったことがないから、スキーは初めてだったけど、
どうしても撮ってみたかった。
撮影していくうちに、日本人はものを大事にしていることがわかりました。
この写真は2001年に撮ったものですが、スキーウェアがすごく古いんです。
日本は発展国なのに、なんだか生活に矛盾している気がする...。
この、言葉にならない気持ちをどうにか写真で表現したくて、
時代が戻ったような風景写真を撮りたいと思っていた時期でした。
これを制作してから3年後、ある写真家に「どうして中国を撮らないの?」と言われました。
プライドがあって、中国にあんまり興味がないことを伝えたら、
「これから北京オリンピックが始まるまでの様子を撮ると、
中国の政治がよく見えてくるから、撮りなさい」と薦められて、
それから中国に対して興味を持つようになったんです。
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「中国好運」
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そうして『中国好運』を撮り始めたのが2006年。
中国を撮る理由は、まだ見つからなかったけど、
撮ったことがないから撮ってみたい!という気持ちはありました。
香港生まれといっても、両親は中国生まれなので、
自分の中に流れている血は、どこかで中国とつながっている気がしていた。
つながっているからか、人の動きや表情の変化が容易くイメージできるんです。
日本でスナッブを撮るときは、そういう変化に気付けず、
単なる面白いものしか撮れなかったりする。
でも中国に行くと、表情の変わる瞬間が見つけやすく、
撮りたいと思った人が、どっちの方向に進むか読めるんです。
人の顔が変わる瞬間ってすごくおもしろい。
その瞬間を僕はすごく大事にしていて、そこを写真に撮っています。
中国人は、ありのままで街に出ていきます。
寝るときも、起きたあとも、出てくるときも、同じ格好です。
表情も作らないで素のままでいるのが、逆に生き生きして見える。
僕がストロボをたくことで、それがよりリアルに写真に出ていると思います。
この人はなんでこんなことをしてるんだ?って、
考えても答えが出てこないことがあるけど、そこが中国のおもしろさだと思う。
写真の彼女とは、チベットで出会いました。
撮影したのはオリンピック前で、その日はちょうど聖火が走る日でした。
彼女が首に巻いてるものには「中国がんばれ」と書いてあります。
ほんとうは頭に巻くものなんですけど、首に巻いてるのがおもしろくて、写真に収めました。
古っぽく見えるけど、これを撮ったのは2007年の冬頃。
このときの中国と日本を比べると、70年代の日本のように見えてしまうのが不思議です。
そうそう。彼もそうですが、中国人はなぜか鼻毛が長いんです。
《会場/笑》
なんでこんなに長いんだ?どうして切らないんだろう?と考えていたら、
車の排気ガスとか砂。あと人も多いから、一週間もいるとけっこう伸びますね。
切る習慣も道具もないから、みんなそのまま。中国人の男はみんな出ています。
中国の文化がよく写ってる写真だと思って、写真集に入れました。
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「シークレット万里」
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『中国好運』の後、写真家・石川直樹さんが出した写真集『Mt.Fuji』の影響で、
僕も富士山を撮りたくなりました。
彼は風景を撮るのがうまい!
でも僕が富士山を撮っても説得力がないから、自分なりの風景を撮ろうと決めました。
自分の生まれた香港の街で、1番良い風景はなんだろう?と考えたら、
「100万ドルの夜景」と呼ばれる、香港の夜景が浮かびましたが、なんだかしっくりこない...。
いろいろ調べて万里の長城を撮ることを決め、2008年から2年かけて6回撮りに行きました。
万里の長城にした理由は、元々は石川さんの影響があったけれど、
僕のスナップが好きだという人が少ないから、もっとファンを増やしたいなと思って。
だから変な気持ちで登っていました。
《会場/笑》
撮っていたのはシークレットのほう。
舗装も再建築もされていない、観光客がなかなか行かないほうです。
修復されてないから、すごく登りづらい。
そもそも万里の長城というのは、防衛するためにあったから当たり前ですが...。
ボロボロなこの景色が、ずっと続きます。
終わりがないというか...
登ったらどこで降りるか決めないと、帰って来れなくなる。
撮影中に気づいたこと。
富士山はひとつしかないけど、
万里の長城は登り口が276ヶ所あって、距離は8,850km* あるらしいです。
今まで僕が撮ったのは、まだ6ヶ所。
全部の場所から撮り切るのは...
歳をとってからにしようかなと思い、今は一旦休憩している作品です。
《会場/笑》
* 2012年6月5日 中華人民共和国国家文物局により、
万里の長城の長さは、従来の2倍以上の21,196.18kmであると発表されました。
昔は必要とされていたけど、今はされていない。
今後も政府がお金をかけて修復することはないと思うから、
ゆくゆく万里の長城は消えていくんだろうって思います。
休憩中だけど、これから先も撮っていきたいテーマです。
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「LOOK AT THIS PEOPLE」
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2006年から2年間で12回ぐらい。
『中国好運』を撮りに中国をめぐっていたとき、
もっとも中国人らしい街を撮りたいと思っていたら、
雲南(うんなん)という街にたどりつきました。
この街の人たちは、家にいたままの格好で出てくる。
髪の毛もグチャグチャで、ありのまま。
中国人本来のリアル感が出まくってて、すごい好きな街です。
このラジコンは電話でも何でもなく、ただのおもちゃです。
おそらく眩しくて日除けにしていたんだと思います。
こういう人、普通にいるんですよ。街中に。
これは親子で食べる瞬間が一緒だったという...。
自分のスタイルがよく出ている写真です。
《会場/笑》
これは多分ひげ剃りを宣伝販売しているところで、剃る直前に相手が断った場面。
でも本当はやってほしいっていう顔をしています。
《会場/笑》
...というのが、2003年から昨年まで撮っていた作品の話です。
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撮影スタイル
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街に出て、知らない人とぶつかりそうな、ギリギリの距離で撮るのが僕のスタイルです。
日本ではなかなか出来ないと言われましたが、
久しぶりに撮ってみたかったから、今日ここに来る前に、渋谷で撮影をしてきました。
断られたりもしたけれど、8本ぐらい撮りました。
それで......
この先を話す前に、僕の制作風景の映像を見てもらいたいと思います。
友人が僕の撮影している様子をビデオでまとめたい、と言って作ったものです。
これが僕の写真を撮るときの、人との距離を写した映像です。
日本でこれをやるのは難しくて、2006年から...昨日まで。
今日は撮ったから、昨日まではあえて撮らなかったんです。
親が密入国までして香港に来た理由はわからないけど、たぶん僕たち兄弟のため。
より良い生活を送って欲しいという想いからだと思います。
でも元々僕に流れているのは中国の血だから、
大陸全土を一度まわってみようと思い、実行したのが『中国好運』のとき。
まわってみて良かったと思うし、
雲南という、もっとも中国らしい街を撮れたのがすごく嬉しかった。
子供のころに見た大陸のイメージと、今の雲南の街がマッチしている気がします。
タイムスリップというか...
昔の景色を今また見れるのが嬉しくて、それを写真に残したかった。
でも、日本だとそういうふうに見えません。
なぜかというと、裕福になった今の日本の文化では、
化粧をしたり洋服を着たりして、すぐにどんな格好にもなれるから。
家から一歩出ると、"自分"を人に見せるために、家にいるときの素の顔が消えるんです。
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これから...
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今は、写真に対してすごく考えている時期。
ずっと中国にこだわって撮り続けてきたけど、
世界は広いから、もっといろんなものを撮らなくては、と思い始めたのが今年の4月。
これからはこの手法と距離で、日本やインド、香港でも。
同じ時代、同じ時間にいるんだけど、違う時代にタイムスリップしている感じを
一冊の写真集にまとめられたらなと思っています。
それは『中国好運』の、雲南のエピソードがわかりづらいと思ったからです。
文化がズレている国に行くことで、自分が子供のころに見た景色を現実で味わえる...。
これってすごく大事なこと。
「こういう文化や景色がある」というのを知って、それらと自分が混ざり合ったとき、
人はすごく元気になれると思うから、そういう写真集を作りたいと思っています。
...そんな感じです。一旦休憩に入ろう!
[休憩]
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質問タイム
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休憩をはさんで元気を取り戻したところで、後半へ。
その前に質問コーナーを。何か聞きたいことがあったらどうぞ。
《客席/ばしゃばしゃ撮ってて、撮られた人から怒られたりしないんですか?》
3回殴られたことがあります。『every where』のときに1回、『中国好運』のときに2回。
『中国好運』で万里の長城を撮っているときは、
たぶん僕がぶつかったか割り込んだみたいで、すごい怒って、後ろから蹴られました。
...蹴られたら普通はどうする?日本の皆さんは。
《客席/文句を言う?》
僕は蹴り返します!
《会場/笑》
じゃないと損するし、痛いじゃん?だから蹴り返す。
後ろを蹴られて、振り向いて蹴り返して...。そうしたらお互い止まるんですよ、一瞬。
で、僕が声を荒げて「なんだよこの野郎!やるかーっ!?」って言ったら、
中国の場合は絶対に、止めに入る人が来るんです。
止めにきて無事に解放されていなくなる...。
僕は別にケンカがしたいわけじゃなくて、撮影をしに来ただけ。
ぶつかったのは謝るけど、蹴らなくてもいいのでは?と思って蹴り返しました。
そのときまわりには200人ぐらい集まっていましたね。
《会場/笑》
もう一回は、天津(てんしん)という街で。
食べるところを撮ろうとしたら止めにきて、殴りにきた。
《客席/えぇ~~っ...》
あともう1回は、ケンカではなく公安に捕まって。
どうにかフィルムを取り戻そうとして、4時間ぐらい揉めてました。
...そういうことがあったけど、ほとんど問題ないです。モウマンタイ(無問題)。
《会場/笑》
写真を撮るときに「問題が起きるんじゃないか?」って考えちゃうと、
ボタン押すのが一瞬遅れて、撮りたい瞬間を逃してしまう。
だから何も思わないでいかないとダメですね。
「そのままの気持ちで撮っていく」のが、いつも僕の頭の中にあるイメージ。
《客席/私も街で写真を撮りたいなーって思うことがありますが、
怒られるんじゃないか?って、どうしても思っちゃう。》
うん。でもそう考えるとタイミングが遅れたりするから、良いほうを考えて撮ってる。
大丈夫だろうって。
Goodな質問。いい質問~。
《会場/笑》
《客席/他の国で怒られたことは?》
今回のインドでは、警察に「パーミッション(許可証)はあるの?」って怒られたけど、
「別に、ないよ」って言ったら終わっちゃった。
《客席/えっ?それで終わり!?》
うん。「じゃあやめなさい」「やめます」で、終わり。
他の国では...ないですねぇ。運がいいのかもしれない。神様がついてる。
《会場/笑》
《客席/映像では、前から人が歩いてくるところを、
ERICさんもちょっとずつ歩いていって撮ってましたが、
立ち止まったまま、歩いてくる人を待って撮ることはしないんですか?》
しないですねぇ。立ち止まっちゃうとバレるので。
《会場/笑》
これぐらいの幅で歩いていったら、自分が撮りたい距離や、入れたい背景で撮れる...
とかをイメージして速度を調整しながら、向こうのスピードに合わせていきます。
《客席/ぶつからないの?》
たまにあるけど、そんなにしょっちゅう起きるものではない。
ものすごく至近距離じゃないとぶつかりません。
そういう、すごいアップの写真を撮ってる日本のカメラマンを知っています。
実際に撮影しているのを見たんだけど、ポンッと一瞬ぶつかるんです。
で、謝って終わり。相手には撮ったと思われていない。
撮った後、すぐに向きを変えて建物を撮るように見せかけてるから。
自分を撮ったのか建物を撮ってるのか、曖昧にもっていってました。
《会場/笑》
スキー場で撮ったときは、撮影を1回も止められたことがなかった。
なんでだろう?って考えて気付いたんだけど、
日本人って「目的」があって出かけるから止めないんですよ。
その先にある目的のために、ここで止めたらどれぐらい時間をロスするか計算するんです。
面倒くさがりだから止めない、というのもあるけど。
《会場/笑》
ただ、日本で知らない人の顔がはっきり写っているものは、発表する場がないですね。
たとえばニュース番組などに、プライバシー保護のために顔にモザイクが入りますよね?
でも海外の映像や旅行番組の外国人には、モザイクが入らないんです。
日本人には全部入ってるのに。だから厳しい...。
《客席/どれもピントが合ってますが、すごくブレた写真はありますか?》
全部ピントを合わせて撮っているので、ほとんどありません。
2003年からずっと同じ手法でやっているので、日々の積み重ねでわかりますね。
シャッタースピードは1/250と決めていて、このスピードでストロボをたくと、
ストロボの光量が後ろまでいかないから、背景が落ちる。
そうすると色が濃くて鮮やかな写真に仕上がります。
《客席/"昼間にストロボをたく"手法は、どうやって見つけたんですか?》
元々この手法は、自分の好きな写真家のやり方です。
それをすべて自分の中に取り入れて、そこに個性をつけようとしたときに、
「どの時間帯で撮ったら1番"黒"がないか?」と考えたんです。
"黒"がない時間というのは、影がない時間帯。
1枚の写真の中で、影が占める割合が多いほど、写真って暗く見えますよね?
それが少なくて、色が1番存在する時間帯というのは、太陽がてっぺんにあるとき。
色温度が3500~6000Kのときだと思ったので、
10~14時の間に撮るのが良さそうだと思いついたんです。
《客席/写真集に選ぶときの、写真の決め手ってなんですか?》
人の表情が変わる瞬間や、背景の関わり...。
着ている服の色とかでも選択しているかな?
あと普通は目をつぶってる写真ははずすと思うけど、僕は好きだから入れてます。
半目とか、けっこう撮れちゃうんです。
《客席/狙ってるわけではないのに?》
うん。なぜか写っちゃう。その偶然性が良い。
《会場/笑》
あとは何かありますか?
《会場/ .........。》
よっしゃ!それでは新作の話に入ります。
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中国から「世界」へ
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中国での撮影を経て、僕はある壁を越えました。
さっき質問にも出ていたけど、写真のピントはほとんど合っていて、ブレていません。
それはこの10年間ずっと撮り続けることで、技術を身につけ、極めたんです。
この手法は大事にしています。
でも写真の内容はどうなんだろう?って考えたとき、
中国の雲南省しか撮ってないから、窓口が狭くてわからない。
僕は自分の写真のファンを増やしたいけど、
中国のことが好きじゃないと、なかなか写真を見てもらえない...。
だったらいろんな場所で撮って、
自分のスナップの良さを、もっと世の中に見せればいいのでは?と思いました。
それと、中国だけではなく、日本やインド、香港、ロシア、アフリカの...
それぞれの国の、今の文化を写真集でまとめると、どういう世の中が見えてくるだろう?
...と思ったのがきっかけで、インドを撮り始めたんです。
インドって「撮りつくされた」と言われているけど、
でも「インドの街の様子を思い浮かべてごらん」と言われたら、何も出てこない。
だからまだまだ撮れると思って、撮影に向かいました。
で、撮り終えて帰ってきたら、インドだけじゃ終わらないから日本でも...。
だけど日本を撮る前に、何を撮らないといけないんだろう?と考えたら、
自分が生まれた香港だと気付いたので、これから撮影に行ってきます。
今考えていることはそれぐらいなので、これから写真をお見せします。
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「瞬間冷凍」
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今のインドと、今の日本の写真を合わせて見たら、
どれだけ時代の開きが見えてくるだろう?って考えると、すごくおもしろい。
動物、人、車が共存する街......。
インドにはたくさんの民族の方々が暮らしていますが、
都会に行くと、普通の服を来ている方もいます。
いろんな文化が交ざっていますが、西洋から入ってくる文化が主ですね。
他のアジアの国もそうだけど、どうして西洋に染められていくんだろう?
最近考えている、世の中の疑問です。
これはアンダマン諸島というところ。
インドは汚い海が多いけど、ここはすごくきれい!
旅行でここに行くのが自慢になるみたいで、お金持ちたちがよく遊びに行く島だとか。
《客席/うわぁ......。》
これがインドの街の、普通の景色です。
ちょうどプロレスをやっていたときで、仕切り柵の中から撮りました。
中から外を撮ったら、光の感じが1番きれいに見えるなぁと思ったので。
これ、みんな男。人の集まりがすごい激しい街です。
《客席/すごい...。》
いいカット!たまたま撮れました。笑
有名な港とホテルがある場所で、みんなここで記念撮影をするんです。
写真集『every where』に近い考えで撮っていたシーンですね。
《客席/かわいい!》
偶然ですが、柱の絵もラクダなんです。笑
《客席/ほんとだ。すごい!》
この建物、日本に存在してたらおもしろい!
インドでは変なところに変なポスターを飾るんですよ。
その場所に合ったものしか掛けられない日本では、絶対にありえないこと。
これが今のインドの文化だと思います。
これもそう。
《客席/ホスト?》
これ、なんだろねぇ?笑
そういうお店はないし、何かの宣伝でもなさそうでから、
議員さんのポスターかなって思ったけど...。
《客席/えぇーっ!?笑》
《客席/わぁ!かわいい!》
《客席/きれいー。色がいいねぇ。》
《客席/色が違う。インドって色が馴染むんだよねぇ。》
《客席/かわいい!》
こんな表情をしている子がいっぱいいました。笑
《客席/なんなんだろう?笑》
なんかねー、不思議なタイミングの写真が多い。
これはムンバイという街で撮りました。
西洋の文化に染まったこの街では、これが普通の格好です。
......というかんじで、
これらを映像にまとめたものがあるので、お見せしますね。
[インドのスライド映像]
終わりです。
《会場/拍手》
これが制作中の作品で、インドだけではなく、日本、香港、ロシア、アフリカ...。
お金がある限り、いろんな街で撮っていきたい。
街の見え方というのは、その土地の人達の文化で変わってくると思うんです。
日本の文化はすごい発展していて、ものが溢れるほどの生活をしている。
街はどこも整っていて、人々は服装にちゃんとこだわって出かけていく...。
そんな日本と、今の中国の中途半端な文化を合わせて見る。
それから50年前...もしくは70年前の日本みたいなインドとも。
何が見えるだろう?まだわからないことがいっぱいあるけど、楽しみです。
...以上でトークショーを終わりにしたいと思います。
今日は来ていただいてありがとうございました。
《会場/拍手》
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トークショー後...
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《客席/"ERIC"という名前の由来は?》
高校の英語の授業のときに「来週までに英語の名前を考えてきなさい」と言われて、
辞書で調べたらこの名前を見つけて、いいなぁと思ってERICにしました。
それだけ。あんまりこだわりはありません。
みんな英語の名前を付けるときは、辞書で調べたりしています。
《客席/両親は大陸からきたわけでしょう?子供の頃は大変だったのでは?》
僕たち兄弟は覚えてないけど、すごい大変だったと思う。
《香港で生まれた人達は、みんな香港の教育を受けられる?》
はい。
《客席/"香港人"っぽい意識で育つの?》
そうです。ちょっとギャップがあるけど。
《客席/じゃあ、自分の中のルーツが"中国人"だってわかったとき、
今まで持っていたプライドは?》
2006年に初めて中国で撮り始めてからなくなりました。
考えてみれば、自分も"中国人"の一人だと思うようになったんです。
その一人であり、特殊な国籍を持ってるから、
中国も香港も簡単に行き来できていいんじゃないか?って。
《客席/両方いい、という感じ?》
ですね。特別な感じ。
《客席/九龍城って行ったことありますか?もし何か思い出があれば...》
行ったことはないし、思い出もまったくないです。
《客席/治安が悪いから?》
それもあるけど、親から行っちゃいけないって言われていたから。
うちはけっこう厳しいんです。だから反抗期が長かった...。
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編集:Yuki Okamoto
ERIC写真集『中国好運』はこちらからご購入いただけます。
ERIC写真集『LOOK AT THIS PEOPLE』はこちらからご購入いただけます。
2012.5.19 ERICトーク&スライドショー@ブックカフェ関帝堂 (横浜中華街)
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こんにちはー。写真家のERICです。
今日は来ていただいてありがとうございます。
こういう場所でトークショーをやるのは初めてなので、ちょっと緊張気味です。
あと、最近インドから帰ってきたばかりで、
日本語がちょっとヘタになってて、聞き取りづらいかも。笑
でも楽しくやりたいと思いますので、よろしくお願いいたします。
《会場/拍手》
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写真を始めたきっかけ
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僕は1976年に香港で生まれました。
来日してから今年で15年になります。
日本に来た理由は、写真とはまったく関係ありません。
17歳のときに付き合っていた日本人の彼女から、
「将来の夢は?」と聞かれたとき、うまく答えられずにいたら、
「日本に行ってみては?」と提案してくれたのがきっかけで、日本に興味を持ち始めました。
その頃はちょうど香港が中国に返還される前。
当時の僕は反抗期が長く続いていて、20歳になる前にどうにか親のところから離れたかった。
親との不仲と、返還されるのが嫌だったから、
19歳のときに就学ビザをとって来日し、2年間日本語を勉強しました。
はじめは2年勉強したら、香港に戻って旅行ガイドをやろうと考えていました。
でも日本語がなかなかうまく話せず、これではガイドは無理だと思ったのと、
中国に返還後は、日本人の観光客が減ったらしく、
香港に戻っても仕事がないと言われたので、そのまま日本にいることにしました。
日本にいるためにはビザが必要です。
ビザには、就学ビザ/留学ビザ/就労ビザと、3つのビザがあるのですが、
就学ビザの次に僕が申請できるのは、留学ビザのみ。
その頃は写真屋さんでアルバイトをしつつ、居候をしていたので、
写真の専門学校に行こうと決めました。
学校に入るにはたくさんのお金が必要ですが、
なんとか工面して入学し、写真の歴史や基本的な技術を2年間勉強しました。
写真がやりたくて日本に来たわけではなく、なぜか写真に興味を持つようになって...
はまりすぎて抜けられなくなり、今に至ります。
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写真家「ERIC」の裏側
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これまでいろんな作品を撮ってきましたが、
はじめの頃は、中国に対する気持ちがまったく入らなかった。
元々、僕の両親は広東省に住んでいました。
広東省は、香港と違って大陸にあります。
大陸というのはすごく貧しくて、
一ヶ月かけて稼いだお金が、香港では1日で稼げるという噂があるほどです。
なので両親は22、3歳のとき...1972年2月に香港に密入国しました。
母がふと思い立って父を誘い、一週間かけて歩いて行ったそうですが、
密入国できる人はなかなかいないようです。
香港へは列車と船で行くルートもありますが、
列車だと深圳(しんせん)という街に着く前に、外に飛び降りなきゃいけないらしくて...
《会場/えぇ~っ!?》
それは危険だからやめなさいと、母の兄が止めました。
船はいつ着くかわからないし、船酔いもあるからこれも却下。
だからいくつもの山を越えて行くルートを選んだみたいです。
当時は山道などありません。
初日に父は手にけがをして、2日目には戻りたいと言い出しましたが、
でも母は戻りたくないから、無理やり父を香港まで連れて行ったそう。
そうして僕は香港で生まれました。
本当は中国で生まれるはずだったけど、香港という都会で生まれたプライドから、
中国に対してそんなに興味がわかなかった。
上から目線で、汚い国なんか行きたくない、とも思っていましたね。
でも両親の親戚がみんな大陸にいるので、
子供の頃は、兄弟4人でよく親戚のところに遊びにいきました。
日本に来る前、反抗期だった僕は、しょっちゅう父とけんかをしていて、
「なぜ日本に行くんだ?」と聞かれましたが、うまく答えられなかった。
何があるかわからない...。
見えてくるものはないけど、とりあえず日本に行きたい。ただそれだけでした。
そのときに父が、「今行くなら日本ではなく、北京だよ」と言ったのをすごく覚えています。
当時はわからなかったけど、今ならその理由がわかる。
中国語のほうがさまざまな場所で使えるし、
中国は1番人口多く、力もあって経済もすごい伸びているから、
北京で商売するのが1番良いと思い、そう言ったのでしょう。
日本に来て、働いて学費を稼ぎながら写真の学校に通い、15年経って今に至る...。
これが写真家「ERIC」の、裏の部分のエピソードです。
ここからは写真を見せながら話したいと思います。
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「every where」
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来日して、日本がアジアの中でもすごく発展している国だと実感し、
その日本にどうして自分が来たのか?という気持ちで写真を撮り始めました。
それをまとめたのが、一冊目に出した『every where』という写真集。
まだ中国に対してあまり興味がなかった頃です。
自分のウリは「色」だと思っています。
僕は写真を撮るときに、ある特別な手法で...ストロボを使って撮るのが好きなんです。
鮮やかな色に仕上がるような手法を探っていたら、
日中でもストロボをたくことで、よりリアルで立体感が出る写真になることがわかりました。
そのために昼間の10~14時の間しか撮らないと決めています。
今日撮ったものでも、明日でも、来月撮るものでも、いつでも同じ見え方にしたい...。
そのことに、すごくこだわりを持っています。
暗い部分でも、光が当たると色が存在することがわかりますよね?
それから「色」といっても、たとえば「赤」でも、いろんな赤があります。
この写真には、そういう色の違いがはっきりとわかりやすく出ています。
『every where』というタイトルにしたのは、
「どこに行っても同じような写真が撮れる」という自信からです。
世の中っておもしろいことであふれている...と、
国によって異なる文化に目を向け、3年くらいかけて制作した作品です。
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「cold snap」
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日本の冬って、グレーや黒のスーツを来ている人が多くて、街全体がすごく暗い。
もっと鮮やかな場所はないのかな?と思っていたら、
写真屋でお客さまのプリントをやっているとき、スキー場の写真をたまたま見たんです。
それで冬でも鮮やかなところがあるのがわかって、それからスキー場に3年間通いました。
香港では雪が一度も降ったことがないから、スキーは初めてだったけど、
どうしても撮ってみたかった。
撮影していくうちに、日本人はものを大事にしていることがわかりました。
この写真は2001年に撮ったものですが、スキーウェアがすごく古いんです。
日本は発展国なのに、なんだか生活に矛盾している気がする...。
この、言葉にならない気持ちをどうにか写真で表現したくて、
時代が戻ったような風景写真を撮りたいと思っていた時期でした。
これを制作してから3年後、ある写真家に「どうして中国を撮らないの?」と言われました。
プライドがあって、中国にあんまり興味がないことを伝えたら、
「これから北京オリンピックが始まるまでの様子を撮ると、
中国の政治がよく見えてくるから、撮りなさい」と薦められて、
それから中国に対して興味を持つようになったんです。
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「中国好運」
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そうして『中国好運』を撮り始めたのが2006年。
中国を撮る理由は、まだ見つからなかったけど、
撮ったことがないから撮ってみたい!という気持ちはありました。
香港生まれといっても、両親は中国生まれなので、
自分の中に流れている血は、どこかで中国とつながっている気がしていた。
つながっているからか、人の動きや表情の変化が容易くイメージできるんです。
日本でスナッブを撮るときは、そういう変化に気付けず、
単なる面白いものしか撮れなかったりする。
でも中国に行くと、表情の変わる瞬間が見つけやすく、
撮りたいと思った人が、どっちの方向に進むか読めるんです。
人の顔が変わる瞬間ってすごくおもしろい。
その瞬間を僕はすごく大事にしていて、そこを写真に撮っています。
中国人は、ありのままで街に出ていきます。
寝るときも、起きたあとも、出てくるときも、同じ格好です。
表情も作らないで素のままでいるのが、逆に生き生きして見える。
僕がストロボをたくことで、それがよりリアルに写真に出ていると思います。
この人はなんでこんなことをしてるんだ?って、
考えても答えが出てこないことがあるけど、そこが中国のおもしろさだと思う。
写真の彼女とは、チベットで出会いました。
撮影したのはオリンピック前で、その日はちょうど聖火が走る日でした。
彼女が首に巻いてるものには「中国がんばれ」と書いてあります。
ほんとうは頭に巻くものなんですけど、首に巻いてるのがおもしろくて、写真に収めました。
古っぽく見えるけど、これを撮ったのは2007年の冬頃。
このときの中国と日本を比べると、70年代の日本のように見えてしまうのが不思議です。
そうそう。彼もそうですが、中国人はなぜか鼻毛が長いんです。
《会場/笑》
なんでこんなに長いんだ?どうして切らないんだろう?と考えていたら、
車の排気ガスとか砂。あと人も多いから、一週間もいるとけっこう伸びますね。
切る習慣も道具もないから、みんなそのまま。中国人の男はみんな出ています。
中国の文化がよく写ってる写真だと思って、写真集に入れました。
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「シークレット万里」
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『中国好運』の後、写真家・石川直樹さんが出した写真集『Mt.Fuji』の影響で、
僕も富士山を撮りたくなりました。
彼は風景を撮るのがうまい!
でも僕が富士山を撮っても説得力がないから、自分なりの風景を撮ろうと決めました。
自分の生まれた香港の街で、1番良い風景はなんだろう?と考えたら、
「100万ドルの夜景」と呼ばれる、香港の夜景が浮かびましたが、なんだかしっくりこない...。
いろいろ調べて万里の長城を撮ることを決め、2008年から2年かけて6回撮りに行きました。
万里の長城にした理由は、元々は石川さんの影響があったけれど、
僕のスナップが好きだという人が少ないから、もっとファンを増やしたいなと思って。
だから変な気持ちで登っていました。
《会場/笑》
撮っていたのはシークレットのほう。
舗装も再建築もされていない、観光客がなかなか行かないほうです。
修復されてないから、すごく登りづらい。
そもそも万里の長城というのは、防衛するためにあったから当たり前ですが...。
ボロボロなこの景色が、ずっと続きます。
終わりがないというか...
登ったらどこで降りるか決めないと、帰って来れなくなる。
撮影中に気づいたこと。
富士山はひとつしかないけど、
万里の長城は登り口が276ヶ所あって、距離は8,850km* あるらしいです。
今まで僕が撮ったのは、まだ6ヶ所。
全部の場所から撮り切るのは...
歳をとってからにしようかなと思い、今は一旦休憩している作品です。
《会場/笑》
* 2012年6月5日 中華人民共和国国家文物局により、
万里の長城の長さは、従来の2倍以上の21,196.18kmであると発表されました。
昔は必要とされていたけど、今はされていない。
今後も政府がお金をかけて修復することはないと思うから、
ゆくゆく万里の長城は消えていくんだろうって思います。
休憩中だけど、これから先も撮っていきたいテーマです。
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「LOOK AT THIS PEOPLE」
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2006年から2年間で12回ぐらい。
『中国好運』を撮りに中国をめぐっていたとき、
もっとも中国人らしい街を撮りたいと思っていたら、
雲南(うんなん)という街にたどりつきました。
この街の人たちは、家にいたままの格好で出てくる。
髪の毛もグチャグチャで、ありのまま。
中国人本来のリアル感が出まくってて、すごい好きな街です。
このラジコンは電話でも何でもなく、ただのおもちゃです。
おそらく眩しくて日除けにしていたんだと思います。
こういう人、普通にいるんですよ。街中に。
これは親子で食べる瞬間が一緒だったという...。
自分のスタイルがよく出ている写真です。
《会場/笑》
これは多分ひげ剃りを宣伝販売しているところで、剃る直前に相手が断った場面。
でも本当はやってほしいっていう顔をしています。
《会場/笑》
...というのが、2003年から昨年まで撮っていた作品の話です。
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撮影スタイル
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街に出て、知らない人とぶつかりそうな、ギリギリの距離で撮るのが僕のスタイルです。
日本ではなかなか出来ないと言われましたが、
久しぶりに撮ってみたかったから、今日ここに来る前に、渋谷で撮影をしてきました。
断られたりもしたけれど、8本ぐらい撮りました。
それで......
この先を話す前に、僕の制作風景の映像を見てもらいたいと思います。
友人が僕の撮影している様子をビデオでまとめたい、と言って作ったものです。
これが僕の写真を撮るときの、人との距離を写した映像です。
日本でこれをやるのは難しくて、2006年から...昨日まで。
今日は撮ったから、昨日まではあえて撮らなかったんです。
親が密入国までして香港に来た理由はわからないけど、たぶん僕たち兄弟のため。
より良い生活を送って欲しいという想いからだと思います。
でも元々僕に流れているのは中国の血だから、
大陸全土を一度まわってみようと思い、実行したのが『中国好運』のとき。
まわってみて良かったと思うし、
雲南という、もっとも中国らしい街を撮れたのがすごく嬉しかった。
子供のころに見た大陸のイメージと、今の雲南の街がマッチしている気がします。
タイムスリップというか...
昔の景色を今また見れるのが嬉しくて、それを写真に残したかった。
でも、日本だとそういうふうに見えません。
なぜかというと、裕福になった今の日本の文化では、
化粧をしたり洋服を着たりして、すぐにどんな格好にもなれるから。
家から一歩出ると、"自分"を人に見せるために、家にいるときの素の顔が消えるんです。
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これから...
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今は、写真に対してすごく考えている時期。
ずっと中国にこだわって撮り続けてきたけど、
世界は広いから、もっといろんなものを撮らなくては、と思い始めたのが今年の4月。
これからはこの手法と距離で、日本やインド、香港でも。
同じ時代、同じ時間にいるんだけど、違う時代にタイムスリップしている感じを
一冊の写真集にまとめられたらなと思っています。
それは『中国好運』の、雲南のエピソードがわかりづらいと思ったからです。
文化がズレている国に行くことで、自分が子供のころに見た景色を現実で味わえる...。
これってすごく大事なこと。
「こういう文化や景色がある」というのを知って、それらと自分が混ざり合ったとき、
人はすごく元気になれると思うから、そういう写真集を作りたいと思っています。
...そんな感じです。一旦休憩に入ろう!
[休憩]
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質問タイム
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休憩をはさんで元気を取り戻したところで、後半へ。
その前に質問コーナーを。何か聞きたいことがあったらどうぞ。
《客席/ばしゃばしゃ撮ってて、撮られた人から怒られたりしないんですか?》
3回殴られたことがあります。『every where』のときに1回、『中国好運』のときに2回。
『中国好運』で万里の長城を撮っているときは、
たぶん僕がぶつかったか割り込んだみたいで、すごい怒って、後ろから蹴られました。
...蹴られたら普通はどうする?日本の皆さんは。
《客席/文句を言う?》
僕は蹴り返します!
《会場/笑》
じゃないと損するし、痛いじゃん?だから蹴り返す。
後ろを蹴られて、振り向いて蹴り返して...。そうしたらお互い止まるんですよ、一瞬。
で、僕が声を荒げて「なんだよこの野郎!やるかーっ!?」って言ったら、
中国の場合は絶対に、止めに入る人が来るんです。
止めにきて無事に解放されていなくなる...。
僕は別にケンカがしたいわけじゃなくて、撮影をしに来ただけ。
ぶつかったのは謝るけど、蹴らなくてもいいのでは?と思って蹴り返しました。
そのときまわりには200人ぐらい集まっていましたね。
《会場/笑》
もう一回は、天津(てんしん)という街で。
食べるところを撮ろうとしたら止めにきて、殴りにきた。
《客席/えぇ~~っ...》
あともう1回は、ケンカではなく公安に捕まって。
どうにかフィルムを取り戻そうとして、4時間ぐらい揉めてました。
...そういうことがあったけど、ほとんど問題ないです。モウマンタイ(無問題)。
《会場/笑》
写真を撮るときに「問題が起きるんじゃないか?」って考えちゃうと、
ボタン押すのが一瞬遅れて、撮りたい瞬間を逃してしまう。
だから何も思わないでいかないとダメですね。
「そのままの気持ちで撮っていく」のが、いつも僕の頭の中にあるイメージ。
《客席/私も街で写真を撮りたいなーって思うことがありますが、
怒られるんじゃないか?って、どうしても思っちゃう。》
うん。でもそう考えるとタイミングが遅れたりするから、良いほうを考えて撮ってる。
大丈夫だろうって。
Goodな質問。いい質問~。
《会場/笑》
《客席/他の国で怒られたことは?》
今回のインドでは、警察に「パーミッション(許可証)はあるの?」って怒られたけど、
「別に、ないよ」って言ったら終わっちゃった。
《客席/えっ?それで終わり!?》
うん。「じゃあやめなさい」「やめます」で、終わり。
他の国では...ないですねぇ。運がいいのかもしれない。神様がついてる。
《会場/笑》
《客席/映像では、前から人が歩いてくるところを、
ERICさんもちょっとずつ歩いていって撮ってましたが、
立ち止まったまま、歩いてくる人を待って撮ることはしないんですか?》
しないですねぇ。立ち止まっちゃうとバレるので。
《会場/笑》
これぐらいの幅で歩いていったら、自分が撮りたい距離や、入れたい背景で撮れる...
とかをイメージして速度を調整しながら、向こうのスピードに合わせていきます。
《客席/ぶつからないの?》
たまにあるけど、そんなにしょっちゅう起きるものではない。
ものすごく至近距離じゃないとぶつかりません。
そういう、すごいアップの写真を撮ってる日本のカメラマンを知っています。
実際に撮影しているのを見たんだけど、ポンッと一瞬ぶつかるんです。
で、謝って終わり。相手には撮ったと思われていない。
撮った後、すぐに向きを変えて建物を撮るように見せかけてるから。
自分を撮ったのか建物を撮ってるのか、曖昧にもっていってました。
《会場/笑》
スキー場で撮ったときは、撮影を1回も止められたことがなかった。
なんでだろう?って考えて気付いたんだけど、
日本人って「目的」があって出かけるから止めないんですよ。
その先にある目的のために、ここで止めたらどれぐらい時間をロスするか計算するんです。
面倒くさがりだから止めない、というのもあるけど。
《会場/笑》
ただ、日本で知らない人の顔がはっきり写っているものは、発表する場がないですね。
たとえばニュース番組などに、プライバシー保護のために顔にモザイクが入りますよね?
でも海外の映像や旅行番組の外国人には、モザイクが入らないんです。
日本人には全部入ってるのに。だから厳しい...。
《客席/どれもピントが合ってますが、すごくブレた写真はありますか?》
全部ピントを合わせて撮っているので、ほとんどありません。
2003年からずっと同じ手法でやっているので、日々の積み重ねでわかりますね。
シャッタースピードは1/250と決めていて、このスピードでストロボをたくと、
ストロボの光量が後ろまでいかないから、背景が落ちる。
そうすると色が濃くて鮮やかな写真に仕上がります。
《客席/"昼間にストロボをたく"手法は、どうやって見つけたんですか?》
元々この手法は、自分の好きな写真家のやり方です。
それをすべて自分の中に取り入れて、そこに個性をつけようとしたときに、
「どの時間帯で撮ったら1番"黒"がないか?」と考えたんです。
"黒"がない時間というのは、影がない時間帯。
1枚の写真の中で、影が占める割合が多いほど、写真って暗く見えますよね?
それが少なくて、色が1番存在する時間帯というのは、太陽がてっぺんにあるとき。
色温度が3500~6000Kのときだと思ったので、
10~14時の間に撮るのが良さそうだと思いついたんです。
《客席/写真集に選ぶときの、写真の決め手ってなんですか?》
人の表情が変わる瞬間や、背景の関わり...。
着ている服の色とかでも選択しているかな?
あと普通は目をつぶってる写真ははずすと思うけど、僕は好きだから入れてます。
半目とか、けっこう撮れちゃうんです。
《客席/狙ってるわけではないのに?》
うん。なぜか写っちゃう。その偶然性が良い。
《会場/笑》
あとは何かありますか?
《会場/ .........。》
よっしゃ!それでは新作の話に入ります。
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中国から「世界」へ
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中国での撮影を経て、僕はある壁を越えました。
さっき質問にも出ていたけど、写真のピントはほとんど合っていて、ブレていません。
それはこの10年間ずっと撮り続けることで、技術を身につけ、極めたんです。
この手法は大事にしています。
でも写真の内容はどうなんだろう?って考えたとき、
中国の雲南省しか撮ってないから、窓口が狭くてわからない。
僕は自分の写真のファンを増やしたいけど、
中国のことが好きじゃないと、なかなか写真を見てもらえない...。
だったらいろんな場所で撮って、
自分のスナップの良さを、もっと世の中に見せればいいのでは?と思いました。
それと、中国だけではなく、日本やインド、香港、ロシア、アフリカの...
それぞれの国の、今の文化を写真集でまとめると、どういう世の中が見えてくるだろう?
...と思ったのがきっかけで、インドを撮り始めたんです。
インドって「撮りつくされた」と言われているけど、
でも「インドの街の様子を思い浮かべてごらん」と言われたら、何も出てこない。
だからまだまだ撮れると思って、撮影に向かいました。
で、撮り終えて帰ってきたら、インドだけじゃ終わらないから日本でも...。
だけど日本を撮る前に、何を撮らないといけないんだろう?と考えたら、
自分が生まれた香港だと気付いたので、これから撮影に行ってきます。
今考えていることはそれぐらいなので、これから写真をお見せします。
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「瞬間冷凍」
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今のインドと、今の日本の写真を合わせて見たら、
どれだけ時代の開きが見えてくるだろう?って考えると、すごくおもしろい。
動物、人、車が共存する街......。
インドにはたくさんの民族の方々が暮らしていますが、
都会に行くと、普通の服を来ている方もいます。
いろんな文化が交ざっていますが、西洋から入ってくる文化が主ですね。
他のアジアの国もそうだけど、どうして西洋に染められていくんだろう?
最近考えている、世の中の疑問です。
これはアンダマン諸島というところ。
インドは汚い海が多いけど、ここはすごくきれい!
旅行でここに行くのが自慢になるみたいで、お金持ちたちがよく遊びに行く島だとか。
《客席/うわぁ......。》
これがインドの街の、普通の景色です。
ちょうどプロレスをやっていたときで、仕切り柵の中から撮りました。
中から外を撮ったら、光の感じが1番きれいに見えるなぁと思ったので。
これ、みんな男。人の集まりがすごい激しい街です。
《客席/すごい...。》
いいカット!たまたま撮れました。笑
有名な港とホテルがある場所で、みんなここで記念撮影をするんです。
写真集『every where』に近い考えで撮っていたシーンですね。
《客席/かわいい!》
偶然ですが、柱の絵もラクダなんです。笑
《客席/ほんとだ。すごい!》
この建物、日本に存在してたらおもしろい!
インドでは変なところに変なポスターを飾るんですよ。
その場所に合ったものしか掛けられない日本では、絶対にありえないこと。
これが今のインドの文化だと思います。
これもそう。
《客席/ホスト?》
これ、なんだろねぇ?笑
そういうお店はないし、何かの宣伝でもなさそうでから、
議員さんのポスターかなって思ったけど...。
《客席/えぇーっ!?笑》
《客席/わぁ!かわいい!》
《客席/きれいー。色がいいねぇ。》
《客席/色が違う。インドって色が馴染むんだよねぇ。》
《客席/かわいい!》
こんな表情をしている子がいっぱいいました。笑
《客席/なんなんだろう?笑》
なんかねー、不思議なタイミングの写真が多い。
これはムンバイという街で撮りました。
西洋の文化に染まったこの街では、これが普通の格好です。
......というかんじで、
これらを映像にまとめたものがあるので、お見せしますね。
[インドのスライド映像]
終わりです。
《会場/拍手》
これが制作中の作品で、インドだけではなく、日本、香港、ロシア、アフリカ...。
お金がある限り、いろんな街で撮っていきたい。
街の見え方というのは、その土地の人達の文化で変わってくると思うんです。
日本の文化はすごい発展していて、ものが溢れるほどの生活をしている。
街はどこも整っていて、人々は服装にちゃんとこだわって出かけていく...。
そんな日本と、今の中国の中途半端な文化を合わせて見る。
それから50年前...もしくは70年前の日本みたいなインドとも。
何が見えるだろう?まだわからないことがいっぱいあるけど、楽しみです。
...以上でトークショーを終わりにしたいと思います。
今日は来ていただいてありがとうございました。
《会場/拍手》
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トークショー後...
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《客席/"ERIC"という名前の由来は?》
高校の英語の授業のときに「来週までに英語の名前を考えてきなさい」と言われて、
辞書で調べたらこの名前を見つけて、いいなぁと思ってERICにしました。
それだけ。あんまりこだわりはありません。
みんな英語の名前を付けるときは、辞書で調べたりしています。
《客席/両親は大陸からきたわけでしょう?子供の頃は大変だったのでは?》
僕たち兄弟は覚えてないけど、すごい大変だったと思う。
《香港で生まれた人達は、みんな香港の教育を受けられる?》
はい。
《客席/"香港人"っぽい意識で育つの?》
そうです。ちょっとギャップがあるけど。
《客席/じゃあ、自分の中のルーツが"中国人"だってわかったとき、
今まで持っていたプライドは?》
2006年に初めて中国で撮り始めてからなくなりました。
考えてみれば、自分も"中国人"の一人だと思うようになったんです。
その一人であり、特殊な国籍を持ってるから、
中国も香港も簡単に行き来できていいんじゃないか?って。
《客席/両方いい、という感じ?》
ですね。特別な感じ。
《客席/九龍城って行ったことありますか?もし何か思い出があれば...》
行ったことはないし、思い出もまったくないです。
《客席/治安が悪いから?》
それもあるけど、親から行っちゃいけないって言われていたから。
うちはけっこう厳しいんです。だから反抗期が長かった...。
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編集:Yuki Okamoto
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