石川直樹 写真集
アートディレクション : 角田純一
NEW DIMENSION
Photographs by Naoki Ishikawa
5,000JPY | 238 × 180 mm | 332 page | softcover
Art Director : Junichi Tsunoda
ISBN : 978-4-903545-18-9
Published in October 2007
About Book
ネガの手の叫びのために 倉石信乃 2001年、石川直樹は七大陸の最高峰の登頂に、当時世界最年少で成功した。しかし、9・11の日付を格別に深く刻みつけたこの節目の年は、すでに何巡目かを経た「冒険の終焉」の季節にも当たっていただろう。石川が機会あるごとに、彼自身が冒険家ではないとの否定の言辞を連ねているのは、すでにロマンティックな冒険が不可能になって久しいこと、冒険とは近代に成立したコロニアリズム的な制度と不可分であること、にもかかわらず旅を続けなければならないことの自覚に拠っており、それがたぶん石川の写真の始まりに連動している。(中略)
いわゆる冒険主義的ではない冒険を重ねてきた石川の旅はいつしか内面化しながら、それと不可分な写真表現を豊かに醸成した。石川の旅は日常への呪詛でも埋没でもない。旅にまつわるロマンティシズムから、驚くほど平静に距離をとりつつも、旅の動機付けとなる「主題」をまっすぐにつかみ取る点では躊躇なく情熱的だ。どこかへ行けば行っただけのことはあるという「自明の理」から、必要な分だけ果実を収穫するのだ。今秋写真集と展覧会の両方の形式で発表される新作「NEW DIMENSION」では、世界に点在する先史時代の洞窟壁画がその主題となった。
日本、ヨーロッパ、アフリカ、オーストラリア、インド、ハワイ、南米を渡り歩き、洞窟壁画を中心とする岩面画を固執して撮り続けた石川の旅において、特に重視されているのは、壁画との遭遇に至るプロセスである。それを丹念に叙述することにより、洞窟壁画とは石川にとって撮影場所というより、連続する旅の時間の中で自身を揺るがす「出来事」の主要素であることを告げている。シークエンシャルなその構成は、元来、アニミズム的な祭儀的・演劇的な場を形成したらしい「洞窟」という場の特性を跡づけるものでもある。
「NEW DIMENSION」の写真を見ていると、先史時代の図像が、例えば西洋美術史の教科書の冒頭に置かれる「美術史の始源」というクリシェとはどこか無縁に思えてくる。おそらくそれはどこかで石川が、線刻であれ彩色であれ、そこに描かれる狩猟の対象となる動物の図像や、ヒトの身体とくに「手」が、現代の映像に通底する生々しい痕跡として迫ってくることを全身で受け止めているためだ。つまり洞窟壁画は、結果的に美的でもありうるが、まずは伝達情報でありかつ物質的痕跡であるという「資料」、要するに「写真」の遠い祖型として表われるのだ。
従って、この連作の中でクライマックスを成すのは、アルゼンチン南部のパタゴニアの洞窟にある「ネガティヴ・ハンド」だろう。岩の表面に置いた手の上から、顔料を口に含んで吹き付けると、手形が陰画となって浮かび上がるという。それは、一種のカメラを使わないフォトグラムと想定できるだろう。フランスの先史学者のアンドレ・ルロワ=グーランは、南フランスのガルガス洞窟に残された様々な形状をもつ「ネガティヴ・ハンド」を分析して、そこに記号表現の可能性を看取している。私にはその当否を語る資格はないが、少なくともパタゴニアの洞窟に貼りついている圧倒的な無数の手を眺めていると、それが「文字」以前にありえた意味伝達の強い欲望を、衝撃をもって読み取ることはできる。無数の手のカタチは、祈祷や呪いの声や叫びの代理表象として、洞窟というもう一つの宇宙に「反響」するのである。石川直樹の洞窟の写真は、聴取しがたい無名の人びとの「手の叫び」の無限へと私たちの思考と感情を誘う、望ましい現在性を備えている。
倉石信乃(くらいし・しの) 詩人/批評家・明治大学准教授
「STUDIO VOICE」2007年9月号より抜粋
"New Dimension" is the result of Naoki Ishikawa's incredible effort to photograph a series of related cave paintings scattered across the globe. Between 2000-2007, he traveled to traveled to Hokkaido (Japan), France, Norway, Algeria, India, Australia, America, Mexico and Patagonia (Chile/Argentina) in search of these paintings. He returned with rich color photographs not just of the cave paintings themselves, but of their modern context. Ishikawa has an eye for detail which communicates a sense of place; in this way he is able to show the relationship between the cave paintings and the cultures which have grown up around them. "New Dimension" is thus an artistic study, a travelogue and also a meditation on the development of human civilization. Includes English translation of texts by the photographer, art historian and critic Toshiharu Ito and critic Shino Kuraishi.
Artist Information
石川直樹 | Naoki Ishikawa > HP1977年 東京生まれ
2008年 東京芸術大学大学院美術研究科博士後期課程修了
現在 多摩美術大学藝術人類学研究所研究員
- 受賞 -
2006年 さがみはら写真新人奨励賞、ニコンサロン三木淳賞
2008年 日本写真協会新人賞、講談社出版文化賞
2009年 東川賞[新人賞]
2011年 土門拳賞
- パブリックコレクション -
東京都現代美術館、上海視覚芸術大学
1977 Born in Tokyo, Japan
2002 Waseda University, Tokyo B.F.A.
2005 Tokyo University of the Arts, M.F.A.
2008 Tokyo University of the Arts, Ph.D.
- Award -
2006 Sagamihara Photography Newcomer Honorable Prize, Nikon Salon Miki Jun Award
2008 Photographic Society of Japan Newcomer's Award, Kodansha Publishing Culture Award
2009 Higashikawa Award [ the New Photographer Award]
2011 Domon Ken Photography Award