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4月22日(土)より、東京ミッドタウン・デザインハブにて、浅田政志さんの写真が展示されます。

今回は、デザイナーの森本千絵さんと組んで、兵庫県で撮影された作品が発表されます。
家族写真の印象が強い浅田政志さんですが、それとは違う良い写真になっているので
皆様、お誘い合わせの上、是非ご覧になってください。

東京ミッドタウン・デザインハブ 第27回企画展
「日本のデザイン2011」-Re:SCOVER NIPPON DESIGN デザイナーが旅する日本
 

日時

2011年4月22日(金)〜6月5日(日) 会期中無休
11:00-19:00(予定)
※ 震災の影響により、当初予定しておりました会期を延期いたしました。
※ 開館時間を変更する場合があります。

会場

東京ミッドタウン・デザインハブ(東京都港区赤坂9-7-1 ミッドタウン・タワー5F)

入場料:
無料

(以下展覧会HPより)

「日本のデザイン」展は、現在の日本のデザインに注目するとともにその未来を探る展覧会として昨年スタートし、「東京ミッドタウン・デザインハブ」を構成する三つのデザイン関連機関(財団法人日本産業デザイン振興会/社団法人日本グラフィックデザイナー協会/九州大学・芸術工学東京サイト)の合同企画として年に一度開催しています。

2回目となる今回は、様々な分野で活躍される3人のデザイナーによる旅の模様をご覧いただきます。

風土を活かしたデザインで地域 のブランドを元気にさせるデザイナー梅原真さんは新たな出会いを求めて秋田県秋田市へ。

数々のTVCM・広告等のアートディレクションで知られる森本千絵 さんは自分のルーツを探りに兵庫県篠山市へ。


腕時計からsuicaの改札機、ロボットの開発まで工学とデザインを結びつけるプロダクトデザイナーの山中俊 治さんは世界一美しいロケット発射場との再会を果たしに鹿児島県種子島へ、それぞれ旅に出かけました。

デザイナー独特の視点で、改めてその土地の良さを見つめ直すことで、あたらしい価値がデザインされていく。

その過程を「写真」と「ことば」で編集し、それぞれの土地で出会った実際の「モノ」なども加えて展示します。

デザイナーの眼を通して見えてくる地域のリアルから、日本のデザインの進むべき道のヒントが得られるはずです。


【「日本のデザイン展」ホームページ】
http://www.designhub.jp/exhibition/2011/03/08-2323.html




現在AKAAKAにて「FLAME」、BOOK246にて「dance2」を開催中の澁谷征司がトークイベントを行います。

澁谷征司が参加している『写真本123456789101112131415161718192021222324』を編集された
日経BPコンサルティング社の安藤夏樹さんとの対談となります。

写真集の話は勿論のこと、現在の展示や活動についてお話します。

皆様、ぜひ足をお運びください。

尚、会場はAKAAKAではなく、BOOK246となりますのでご注意ください。


澁谷征司×安藤夏樹(日経BP編集長) Special Talk Event

日時

4月24日(日)
開場 17:30   
開始 18:00

会場

BOOK246

会費:1000円
定員:25名(要予約)

【お申込み】
電話でのお申込、または以下のメールアドレスに参加希望の旨をお送り下さい。

03-5771-6899(BOOK246)

info@book246.com
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<澁谷征司 『dance2』Talk event 参加申し込み>
・お名前:
・参加人数:
・当日ご連絡のつくお電話番号:
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【澁谷征司「dance2」展示&トークイベント情報】
http://www.book246.com/tg_f.html

【澁谷征司写真集「DANCE」情報】
/publishing/bk-shibuya-dance

dance_small.jpgのサムネール画像







乳がんによる乳房再建手術に臨んだ19名の女性を、荒木経惟が撮影した『いのちの乳房』。
小社にこの本を直接ご注文された看護師の方から、以下のような言葉をいただきました。
悩む患者さんと接する医療の現場で、この本を生かしていただくことができればとても有り難いことです。
(引用をお許しいただき、ありがとうございました)

ーーーーーーーー

4月1日に商品を受け取りました。

乳がん患者さんと関わることの多い医療者(看護師)として、この本を注文させていただきました。
手術前はがんになったことからの衝撃で、治すことだけにしか関心が向かない患者さんが多く、
乳房を失って、再びショックを受けられます。

この本の中の患者さんたちの笑顔に涙が出ました。
どれだけの時間苦しんできて、この笑顔に至ったか・・・
私の患者さんの中にも乳房を失ったことで、自分の価値を見失った方がいましたが、
再建をすることで、本当の笑顔を取り戻し、生き生きとよみがえった方がいます。

患者さんが自分らしく生きるということは、ただ単にがんが治ればいい・・・ということではないことを
患者さんたちは教えてくれました。
私たち医療者は患者さんの未来を想像し、
告知の段階から、もっと冷静に(難しいことですが・・・)なれるように援助していくことが大切だと痛感します。
この本を、患者さんの一道しるべとして、活用させていただきたいといます。

本日4月9日(土)より、澁谷征司写真展「FLAME」が始まりました。明日10日(日)は
12時〜18時まで開いております。

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この本に寄せるエッセイをお願いしていた長島さんから、貴重な言葉が届きました。
いま、できるだけたくさんの方にこの言葉を読んでいただきたいと思い、ここにも掲載させていただきます。



「ルワンダ ジェノサイドから生まれて」に寄せて    長島有里枝(写真家)

 この本へのコメントを半分ぐらい書き終わったところで東北関東大震災が起き、それに起因して福島原発の事故が起きた。しばらく仕事は手につかなかったが、やることは山ほどあった。膨大な量の情報を収集し、直感を研ぎ澄まし、脳をフル回転させながらそれらを選り分け、必要なものをリストアップし、淡々とスーツケースに詰め込む。最初の数日は交通機関が止まり、仕事をしない言い訳もできたが、すぐに東京は放射能の危険に怯えながらも通常の生活を送ることに決めた。わたしなんて、通常の生活に戻ろうと腹を決めたのはつい四、五日前のことなのに。そして再びコメントに取りかかったが、まるで別の人が書いたもののように思えるし、続く言葉が出てこない。そこで思い切って古いものはゴミ箱にドラッグし、新しい原稿を書くことにした。

 わたしはわたしの正しいと信じることに従って生きたい。現代社会において、他人に重大な危害を与える原因にならない限り、この自由は守られている。今回の原発事故に関しては、メディア、電力会社、学者、そして政府が正しいと思うことと自分のそれは、初めから違っていたが、わたしは自分の判断が間違えているとは思わなかった。他者と考え方の相違がある場合、両者がお互いの意見を尊重し、認め合うのが社会の流儀だと思っていた。けれども実際は違っている。世の中の主流あるいは権力を司る集団と対立した考えを持つ自分を信じることには、思った以上の困難が伴い、わたしは自分の考えを様々な形で否定された気がしたし、自己嫌悪や不安に陥らざるを得なかった。

  一夜にして、世界がすっかり変わってしまうなんていうことはないと思っていた。地震の前、わたしはルワンダの女性たちと自分の共通点を、女性であることに集約して文章を書いていた。たとえ彼女たちの壮絶な経験を理解することができなくても、同じ女性という立場から共感することは可能だと考えたのだ。例えば、彼女たちの何人かが語っていたように「もし子供が父親の性質を受け継いでしまったら」という不安は、離婚したわたしのものでもある、なんていうことを書いていた。そうしながら心のどこかでは、彼女たちに起きたようなことは自分の身に起きなかったし、これからも決して起きないと「知っていた」。死や、決定的な傷を負うような経験を、先進国の日本に生まれ育ったわたしがする日は決してこないだろうと、何の根拠もなく、漠然と思っていた。彼女たちに対し、自分は強者であり彼女たちは弱者であるというような、何か非常に気まずい優劣関係を少なからず意識していた。

 この三週間で、その気持ちはゆっくりだが完璧に打ち壊された。自分の外側から暴力的な方法で命がもぎ取られる状態が、初めて具体的に想像できたのだ。なぜ社会がそのような状態に陥ってしまったのかを考える余裕はなく、ただ、どうすれば最悪の事態を避けれるのかを考える数日を過ごした。手だてを知るために、自分は何を信じるのかを一から洗い出し、大きな力にコントロールされそうな意志を立て直し、本当の考えを隠さなくてはならない圧力に耐えた。翻弄され、悩み、敵なのか見方なのかと探りながら人と話し、次の行動を瞬時かつ直感で判断しなくてはならなかった。じっくり考える時間はなかった。そして、二週間半経ってようやくひとつの指針に辿り着いた。

 その指針とは、なによりも命を優先するというものだった。「命」と言うとき、わたしはまず自然と我が息子のことを思った。いままでずっと、わたしのいるところが彼の居場所になり、わたしの食べるものが彼の体をつくってきた。責任はすべて親である人間の上にある。それはときに致命的な重荷だが、同時に、常にわたしの生きるという活動を根本から支えてもきた。 

 不測の事態が起き、緊急の判断を要するときでも人は、その一瞬前までの生活を捨てて行動することを躊躇する。目に見えない放射能(=存在しないかもしれない悪)を怖れて、子供にマスクをさせたり、外遊びを禁止したり、雨の日に学校を休ませて自宅待機したり、ひいては遠いところへ避難したりする必要が本当にあるのだろうか。わたしの心は「ある」と言い、世間は「ない」と言う。わたしが社会を信じないとき、そこには制裁が待っている。「女はすぐに大騒ぎする」「経済を回していくことこそが重要なのに、それを放棄して逃げるのはバカだ」「早く学校に来れるといいね」「発表会の振り付けはちゃんと覚えてくださいね」。時間がなく、どうしようもなくどっぷりと渦中に飲み込まれているとき、これらの言葉がわたしを責め、自己嫌悪に陥らせる。彼らの言っていることは、「以前」の生活においては正論だからだ。さらにそこに、「女」に貼られたレッテルからくるわたし自身の思い込みや劣等感が加担する。女であるわたしは感情的なのかもしれないし、論理的でもないかもしれない。神経質さやこだわりの強さから子供をコントロールし、大切な時間を奪っているのかもしれない。あるいは自己中心的なのかもしれないし、衝動的なのかもしれない。  しかしわたしたちはいま、重大なパラダイムシフトが起きたということに気付かなくてはならない。東京在住のわたしにとっては、原発の事故こそがそれである。いままでの価値観が通用しない世界がすでに到来し、まるで手のひらを返すように、一瞬でわたしを取り巻く世界の価値観を変え、いまも持続している。

 このパラダイムシフトの経験は、写真集にうつるルワンダの女性たちに、わたしをより近く引き寄せた。すでにわたしの目線は、彼女たちのそれとほぼ同じ高さに位置しているように思える。彼女たちに何をしてあげられるのかという少々傲慢な、けれども実際はそれが妥当だと思えた感情が変わり、いまは彼女たちのまなざしが何処を見つめているのか、その行方を教えて欲しいと思う。わたしのしていることが正しいのかを、彼女たちが知っているような気がしながら、もう一度ページをめくる。

 なぜ、彼女たちが自分の子供を産み、育てることにしたのか。その選択のもとには強い風当たりがあり、大きな差別があるのにもかかわらず。彼女たちの多くは、生まれてきた子を愛していると言うが、少なくない幾人かは愛せないと言う。愛しても、愛さなくても、子供を引き受けているという事実に変わりはなく、わたしにはそのことがより重要に思える。なぜなら、自分の気持ちをどう語るかということはあくまで言語の問題であり、どのような表現を選んだとしても、自分の中に渦巻く大きな葛藤を完全に表現することは所詮できないからだ。自分の過酷な過去を乗り超えるために子供と暮らす、あるいは直視できないために子供と暮らせない、そのいずれであっても、新しい命を引き受けるというその決断こそ、誰かに発明された愛という言葉が意味するものを遥かに凌ぐ何かを物語ってはいないだろうか。彼女たちは、起きてしまったことの過ちを自分で引き受けながら、それを子供たちには引き継がないことを強く望んでいる。子供と暮らさないという選択肢でさえ、そこに起因した行動にみえる。彼女たち一人一人の生き方がいま、わたしの新しい問題を自分がこれからどう引き受けるのかを考えるときの支えになっていることはまぎれもない事実だ。女性、母、社会的弱者--立場に共感できさえすれば、括り方は何でもいい―こそがぶつかる困難や示せる生き方があり、それを知り、やり遂げるためにわたしは存在すると思いたい。事実、この世の中には変えなければいけないことがあり、自分のしなくてはならないことがある。

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